■第7話
あぁ・・・だめだ!
だめだ!我慢できない!!無理!!
この部屋でもう二週間が過ぎた頃、私はもう我慢できずに叫んでいた。
「ビックさん!もうだめです!我慢できません!!」
シーンと静まり返る部屋。イライラしながら自分の格好を見る。私はまだこの森に来たときと同じ格好なのだ。
風呂に入りたい・・・もう我慢できない・・・この血と泥だらけのネグリジェも洗いたい・・・
手足は彼が持ってきた濡れタオルで拭いて血と泥は落ちたけど・・・
いくら感染を防ぐためとはいえ・・・もう我慢も限界なのだ・・・
普通、傷口は清潔に保たなければいけないのに、ここにはアルコールすらないのだから仕方がない。それにビックさんはどうも過保護で私がこの世界に慣れなくて何かに感染してしまってからでは遅いと、耳が痛くなるほど言うのだ。
この森では薬品もまともにそろわないらしい・・・まぁ、薬草があるだけまだましか・・・
絶対大丈夫だと思うんだけどなぁ〜
それにしても、18歳の乙女が風呂に二週間も入れないって・・・拷問だわ。
ストレスのせいでいつもより荒げた声で叫んでいたら彼が来た。
「どうしたんですか?そんなに大きな声をだして・・・」
「ビックさん!私、もうだめです。我慢できません。
もう足も大丈夫ですし、傷口もふさがったし!そろそろお風呂に入っても大丈夫ですよね?」
「そうですね・・・あれからもう二週間ですし・・・念のため一番酷い手の傷をもう一度見せてください」
そういいながら彼は私の手に巻かれている包帯を爪で器用にとり、傷口を見ている。
正直自分では直視できない。右手は獣道から滑り落ちた時の怪我で中指と人差し指の爪は剥がれ、他の指も無事ではすまなかった。腕と胴体にも滑り落ちた時に何かに引っかかってできた傷もある。そんなに深くはないが、長い引っ掻き傷と酷い打撲が所々にあって今では触れなければ痛みはなかった。
よく動く部分なだけあって右手の傷は開きやすく、薬草を取り替えた時も何回か傷口が開き、血が出たのだ。
「そうですね・・・でもまだお湯に浸かってはだめですね。身体を拭くだけにしてください。
今、準備をしてきますね。」
そう言いながら出て行こうとする彼を慌てて呼び止める。
「あの!
・・・できればでいいんですけど・・・着替えたいので・・・服とかって貸していただけますか?」
一瞬ビックさんはきょとんと立ち止って、それから私の格好をみてから気付いたのか、長い爪をかしゃかしゃならしながら頭をかいた。
「あ、すみません。気が利かなくて・・・」
「いやいや、そんな事ないです!」
やっとあの血だらけのネグリジェとはおさらばだ。
しばらくすると彼は背中に風呂敷を背負った格好で現れた。
その格好を見て目が点になった。
う〜ん・・・可愛いんだけど・・・なんか違うよビックさん。
「さて、出かけましょうか?」
と片手をあげる。その動作も可愛らしくて仕方がない。意思を持たないぬいぐるみならばすぐにでも抱きついてしまいたい。その気持ちを寸でのところでなんとかとめた。
でも、出かけるって?てっきりここにはお風呂があると思い込んだ私は疑問符を浮かべた。
「これからお風呂に入るんですよね?」
「ええ、そうですよ?」
首を傾げたまま頷かれた。
あぁ・・・可愛い!
銭湯があるとは思えないし・・・もしかしてあれか?
「露天・・・風呂ですか・・・?」
「うーん。まぁそんなような物ですかね・・・」
今の間が物凄く気になる。
私はただ風呂に入りたいだけなのに。お湯で身体拭くだけなんだからなにも出かけることは・・・
う〜んと唸りながら考えていたら目の前がふさふさの毛だらけになったと思ったら一気に身体が浮かび上がった。
「わっちょ・・・ちょっと待ってください!
歩けますから、下ろしてください!」
またお姫さま抱っこされてしまった。
「でも、私と一緒じゃないとここからは出られませんよ?
後ろについて歩いても途中からはぐれるように作っていますし・・・。だから、大人しくしていてくださいね」
ビックさんの口元のふわふわした毛がゆっくりと動き、にこりとした表情を作る。うぅ・・・いくらドキドキしないとはいえ、これ・・・ものすごく恥ずかしいんだよね・・・。まだタリスマンできないのかな?
タリスマンの精製には物凄い集中力と時間が必要みたいで私はまだ、あの廊下から抜け出せないでいた。
それにしても・・・なんかこのふわふわ感がたまらない・・・この眠気を誘うぬくぬく感もいいかもしれない。
歩き出した彼に抱きかかえられて、始めてこの廊下から抜け出せた。
彼に抱きかかえられると闇にのまれていた廊下も、他の部屋へ繋がる出入り口もはっきり見えるようになった。
私が今まで見てきた景色とは明らかに違っていた。あの薄暗く、不安を誘うような暗闇は霧が晴れるように消えていく。部屋数は思っているよりも多くて、廊下も入り組んでいた。
陣が無くても一人で歩いたらきっと迷うだろう。
何部屋かの空き部屋と本が沢山詰まっている部屋を通り越し、大きな広い空間に出た。
その空間には色々な食材や土をそのまま削ってできた出っ張りに布を敷いた長方形のテーブルがある。
「あの、ここって料理とか作る台所ですか?」
「ええ、そうですよ。」
物珍しそうに私は彼に抱かれながら通り過ぎる部屋を眺めていた。どの部屋も、廊下も天井が高く広々としていた。
ここへ来てまだビックさんしか見たことないけど・・・もしかしたら他にも誰か住んでいるのかな?疑問に思い、聞いてみる。
「ここには他にも誰か住んでいるんですか?」
「いいえ。私一人ですよ。
もうすぐですから両手で目隠ししてくださいね。」
疑問に思いながらも素直に目隠しをする。しばらくすると目隠ししているにもかかわらず、目に痛いほどの光が飛び込んできた。急な光に耐えられなくなり、暗いところを求めて光から顔を背け、彼の胸に顔を埋める。
「大丈夫ですか?
地下の暗闇で一週間も暮らしたのですから、人間の目にはこの急激な変化には耐えられないでしょうね」
なんだか頭がくらくらして気持ち悪い・・・
それに目の裏側が圧迫されているような感覚。ちりちりと神経が痛み出すような不快感。
「うぅ・・・目が痛い・・・」
「泉までしばらくありますから、慣れるまでしばらくこうしていてください」
そういうと彼は頭を抱えているほうの腕に力をいれ、身体ごと私を光から守るようにすこし角度を変えながら歩き出した。
太陽の光がこんなにも強く、眩しいものだとは思わなかった。先ほどと比べると少しよくなったけれど、やはりまだ眩しい。目を瞑り、さらに手で目隠しをしているのに光が直接入ってきて一面が真っ白だ。ビックさんの胸に顔を埋める形でいたら眩しいほどの光が白からオレンジ、オレンジから赤、赤から黒へと光が薄れはじめた。
恐る恐る目を開けると周りの色鮮やかな景色にしばし見惚れた。
日に透ける木の葉。大木の間から降り注ぐ光。森は私が始めてここにきた時とはまた違う姿をしていた。
さくさくと心地よい音を立てながら歩いている彼に話しかける。
「あの、ありがとうございます。もう、歩けますから下ろしてください」
「もうすぐですから、そのまま景色を楽しんでいてくださいね」
にっこり笑いかけられる。あのふわふわしたわんこのような口が微笑むのだ。どういう筋肉の仕組みなのだろうか・・・
それにしても・・・ビックさん・・・過保護すぎます。